少将に取り葱いた式神は、本来なら少将の肉体と精神を破壊し、朝までにはその命を奪うはずであったそうです。
ところが、晴明が同行してきたことにより、それができなくなってしまいます。
晴明は最初に見固めの法を行なっているが、これは少将の心身を呪的にブロックして、式神の呪いが効かないようにしたものと思われる。
続いて晴明は呪文を唱えるが、これは呪いをかけた相手に逆に呪いをかけてしまう呪法、いわゆる呪誼返しをしていたに違いない。
たびたび書いているように、これによって少将のもとに送り込まれていた式神が陰陽師のもとに返され、逆に取り憑くことになったのだが、このとき、陰陽師のもとに行ったのは少将に愚いていた式神だけかという問題があります。
歪日物証撃の話のように、相手の式神を術によってコントロールしたものとみれば、戻っていったのは相手の式神だけということになるでしょう。
しかし、ここではその前に少将に愚いていた式神を落とすということをしているのだから、晴明の式神も一緒に行っていたとみるべきでしょう。
すなわち、晴明の式神は陰陽師の式神を少将の体から駆り出し、それを追いかけていって呪組を発した陰陽師に取り愚いたと考えられるのです。
晴明の式神のほうが陰陽師のものより強かったので駆り出すことができたのであり、呪いを返された陰陽師のダメージも大きかったのです。
このように、呪力の強い呪者(陰陽師)ほど強い式神を操れると考えられていたのです。
『童釜抄』などには、晴明は信田の白狐と安倍保名という武士の間に生まれた子どもであつたとじう「信田妻」の伝説を伝えているが、あるいはこの話は、晴明が憑依呪術にすぐれていたことから創案されたものなのかもしれない。
ところで、占いに行きたいので友人に聞いたら、占いはこちら!!って所を教えてもらいました^^